動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集5

  • 2020.09.23 Wednesday
  • 18:26

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動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集5

 

「動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝」 の文献資料集4の続きです。

文献資料集3では、門中以前の共同体ハラ(腹)、ヒキ(引)、クミ(与)について分かち合いました。

 

今回は門中の定義と成立の過程の歴史について分かち合います。

中国の王朝暦や和暦、琉球の王朝を持ち出しても、かえって混乱するので、かなり端折ったまとめになります。

 

詳しく知りたい方は文献から確認してください。

 

門中とは、広義の意味では、「1人の人の子孫として同じく血を分けた者、またはその団体」で、狭義の意味は、「本家の行う先祖祭に参加する一族またはその団体」です。


「門中」という言葉の登場は、割合新しく、古い時代には使っていません。
「門中」以前、それに類する言葉に、家門、親類中(1690年)、一門(1709年)が用いられていました。
1745年に「門中類中」という言葉が見られるようになりました。


現在までの沖縄の祖先崇拝の制度は

 

トートーメーと呼ばれる位牌 + 門中墓 + 門中(父系の血縁集団)

 

の3つの要素を満たしていることです。

 

現在確立されている沖縄の門中制度による祖先崇拝がいつから確立したのでしょう?
それは父系の血縁集団でまとまった門中集団の発生と関係があると考えられています。

そのため、沖縄でかなり古い家系図が手がかりになります(1960年代で17世)。

沖縄で記録のある古い家系は14世紀中頃から始まっていると言われていますが、系図が編集されたのは、1690年で、その一年後には、琉球王府が士族と平民の区別を分け、かつ士族の血筋を明らかにするために、琉球王府は系図座を設けて、士族の家譜を編集しました。
その時すでに、その家系は9世となっていました。

ところが、その由緒ある家系ですら、一世はいつ生まれいつ亡くなったのか記録がありません。
二世は生まれた年の記録はありますが、死亡年の記録がなく、三世はその逆となっていました。
四世から七世まではそのような形式でしか記録が残されていません。
生年・死去年の記録があるのは九世以降からです。

 

琉球の祖先祀りは中国の影響が大きいと言われています。
14世紀後半に中国から琉球に移り住んだ、久米三十六姓(くめさんじゅうろくせい)とよばれる帰化集団の、とある氏族ですら、琉球王府の官職や出生・死亡年月日、さらに葬られた墓地すら不明となっています。
特に祖先祀り欠かせない墓所すら六世まで不伝となっています。

唐栄(とうえい)と呼ばれる、この中国から帰化した人々の別の氏族も同様に、元祖から七世まで出生・死亡年月日、墓地不伝となっています。

 

先祖の葬った墓所が不明ということは、年ごとの先祖祀りも一族の集まりもなく、先祖供養の方法もごく簡単に行われていたと考えられます。

 

このような状態で門中を結成する理由はなさそうです。

 

実は唐栄の家譜で葬地が明確になるのは、同じく位牌が備わる時期で、それは薩摩藩の島津氏による琉球侵略(1609年)以降です。

 

門中制度のような家系ごとの墓を持ち、血統を重視する祖先祀りが行われるのは、位牌と墓所がそろった島津氏の琉球入り以降と考えられます。

 

1610年、薩摩藩は琉球に税を課すために、田畑を測量して、境界を定めて収穫高を明らかにする検地を行いました。

 

さらにそれから1620年までに士族と百姓を分ける士農分離を行い、1613年には刀狩りを実施しました。

 

徳川幕府のキリスト教禁令の施政は琉球にもおよび、1636年にはキリシタンでないことを証明するための、宗門改(しゅうもんあらた)めが始まっています。

 

年貢や労役を逃れるのを防ぐため、1652年には農民の町方移住を禁止しました。

 

1667年には、琉球の摂政(せっしょう)となった向 象賢(しょう じょうけん、羽地 朝秀(はねじ ちょうしゅう)のこと)に施政で「位牌は世継ぎに持たせる」(羽地仕置 はねじしおき)と規定され、男系嫡流による祖先崇拝の確立が進んでいきました。

 

1691年に王府は系図座を設けて家譜を編纂(へんさん)し、士族の身分を系統を管理しました。

 

家譜とは琉球王府が認めた士族の系図のことであり、それを持つことが許された身分は、「系持ち(つまり士族)」とよばれ、持てない身分の者は「無系(百姓)」とよばれました。

 

なお、琉球の平民は本土のように、百姓、町人(ちょうにん)といった呼び方の区別なく、地方で農業に従事するものを、田舎百姓(いなかびゃくしょう)、覇や首里の町に住んで商工業に従事するものを町百姓(まちびゃくしょう)と呼びました。

 

このように、士族と平民の身分分離から始まった系図編纂から始まり、一門の意識への高まりによる門中制度は、次第に平民層にも広まっていって今日に至っています。

 

(続く)

 

文献

 

渡口真清 1971「門中の成立」大藤時彦、小川徹編集 『沖縄文化論叢(第二巻)』 平凡社

渡口真清 「系図と門中」 昭和42年12月 『沖縄文化第六巻第二号』沖縄文化協会

渡口真清 「士農分離」 昭和41年11月 『沖縄文化第五巻第二号』沖縄文化協会

渡口真清 「鎖国と琉球」 昭和44年8月 『沖縄文化第七巻第一号』沖縄文化協会

新城徳祐 編著 1960 『干支入 琉球歴史年表』 三ツ星印刷

安達義弘 2001 『沖縄の祖先崇拝と自己アイデンティティ』九州大学出版会

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