動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集6 「農村の門中墓」

  • 2020.10.02 Friday
  • 15:42

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動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集6 「農村の門中墓」

 

「動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝」 の文献資料集5の続きです。

前回は門中(もんちゅう)の成立について分かち合いました。

 

今回は、農村の門中墓について分かち合います。

2008年に筆者の宗家(ムートゥヤー)の門中墓の中を調べる機会がありました。
筆者の先祖は無系の地方の百姓の身分なので、琉球王府の定めた家譜に記録されている系持ち、すなわぢ士族ではありません。

沖縄では骨壺に収められている人物の名前や死亡年月日などが記録されていることがあります。
これを「銘書き(ミーガチ)」と呼んでいます。

 

古く沖縄では亡骸を朽ちるに任せて、数年後(地域によるが大方3年後)に洗骨する風葬(ふうそう)が一般的でした。
風葬では火葬と違って遺骨がしっかり残るので、それを納める骨壺も大きく、大人が2人がかりでやっと担げるほど重いものです。
下の写真の後列にあるような厨子甕(ずしがめ)は他県の方や、若い世代にとっても珍しいものでしょう。

 

 

右から左へ番号を振ってありますが、沖縄の門中墓内では一世を中央に、二世は右、左へと安置します。
ここで一番古いと思われるのがH屬凌濟听韻任后

 

 

年月が経っている上に、相当な崩し文字で判読が困難です。

中央は「拾四年」は確実に判読できるので、元号だということはわかります。
おそらく「嘉慶?拾四年己巳」ではと思われます。下二文字は「巳卯}にも見えます。

 

「動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集2」で述べたように、琉球は中国の皇帝に柵方(さくほう、さっぽう)、いわゆる君臣の関係を結んでいたので、中国の皇帝の治世の元号を使用していました。

 

嘉慶帝は、清の第7代皇帝で、在位期間‎は1796年‎から1820年‎でした。

もし、嘉慶14年とすると、西暦1809年で、和暦で文化6年、その年は己巳((つちのとみ)の年となります。
しかし、己卯(つちのとう)の年だとすると、嘉慶24年で、西暦1819年、和暦で文政2年となります。
左の行は「???〇〇村□□」(〇〇は村の名前、□□は姓)とだけ読めますが、以下判然としません。


嘉慶14年でも嘉慶24年だったとしても一番古い厨子甕にはちがいありません。

2番目に古い厨子甕は番号い如◆崙燦八年戌子九月廿三日洗 □□?? ????」と洗骨年月日だけははっきり読み取れました。

 

 

道光帝は清の第8代皇帝で、在位期間は1820年から1850年までです。
道光8年は西暦1828年で、和暦は文政11年で戊子(つちのえね)の年になります。
洗骨はたいがい死後3年後に施されるので、卒年は1825年と考えられます。

3番目に古いのが△凌濟听韻如2人の遺骨が収められていました。

 

 

「夫婦は、甕の 尻 一つ(ミートゥンダ ヤ、カーミヌ チビ ティーチ)」と言われているように、つの厨子甕に夫婦の遺骨が納めれています。

夫が先に亡くなったのでしょう。

 

「咸豊拾三年辛酉八月?死去??□□????」と読めます。

 

咸豊帝(かんぽうてい)は清の第9代皇帝で、在位期間は850年から1861です。
なので咸豊拾三年は存在しませんし、次の皇帝の治世になってしまいます。

辛酉(かのととり)の年なら、咸豊11年は西暦1861年、和暦は文久1年となり、い寮骨年を記すのが常だったとしたら、西暦1861年に洗骨されたのではと考えられます。


上には「同治拾三年??四月死去?三□□?女???????」と読めます。
同治帝(どうちてい)は、清の第10代皇帝で、在位期間は1861年から1875年です。


同治拾三年は西暦1874年、和暦は明治7年で、甲戌(きのえいぬ)の年にあたります。
つまり、明治時代になってもまだ中国の元号を使用していました。
これは、日本の明治政府が琉球を組み入れた「琉球処分」の期間になります。

 

琉球処分とは、1872年に琉球藩を設置し、1879年には廃藩置県によって、琉球王国の主権を奪って大日本帝国に強制的に組み入れた政治的施策のことです。

 

,凌濟听韻砲覆辰董△茲Δ笋和暦が使用されるようになりました。

 

 

「明治廿六年巳年十二月廿三日」 「〇〇村???〇〇〇????女」と銘書きされています。

 

明治廿六(にじゅうろく)年は西暦1893年で、干支では癸巳(みずのとみ)の年になります。

どのような理由や事情があったのか、ある世代で姓が3つほど変わっていることです。

言われによると、筆者は7世らしく、仮にH屬凌濟听韻一世で、18世紀の人の平均寿命が30代だと言われています。
そう仮定すると、一世の生まれたのは18世紀後半でしょう。

 

動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集2」で分かち合ったように、農村で位牌を祀る祖先崇拝が17世紀後半から19世紀にかけて徐々にひろまっていったことを裏付けられます。

 

また、琉球王府が農村へさかんに位牌の普及を奨励したのが、道光年間(1820〜1850)で、番号た濟听韻冒蠹します。

もしかしたら、与(くみ)、ヒキ・ハラなどの緩やかな集団がやがて、農村での門中を形成していったかもしれません。

このように、過去の血統を逆ぼることは大変難しく、平民だと16世紀、*譜代の士族でも14世紀までで、人類の祖である造り主へはたどり着いていません。

 

私たちは、血統から霊統へ筋(すじ)替えをすることで、人類のまことの元祖である造り主に結びつくことができるのです。


*譜代:古くから主君に仕えている士族

(おわり)

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