動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集3

  • 2020.07.31 Friday
  • 21:38

アーカイブス

動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝 の文献資料集3

 

「動画 本当の祖先崇拝は真の元祖造り主崇拝」 の文献資料集2の続きです。


ナレーション:だからといって、おいそれと従ったわけではなく、死を忌み嫌い、死者の霊を表す位牌を家の中に置くことにはかなりの抵抗があったにちがいありません。

 

「位牌祭祀が十七、八世紀に頃に定着したといっても、これはあくまでも系図持、つまり上流社会において定着したことを意味するので、常民社会においてはそうはいかない。
位牌を祀るということは心理的もかなり強い抵抗があったようだ。
その理由はいくつも考えることができる。
例えば家屋の広さは制限されていて、祭壇を作るだけの余裕などはとてもなかった。
それよりも死者に対する畏怖感が濃厚で、屋外に墓を作るということすら恐れたところもあるくらいで、ましてや屋内に死者の霊を祀るということは想像もできないことである。」

 

酒井卯作 昭和62年『琉球列島における死霊祭祀の構造』第一書房 518-519


ナレーション:今から二百年くらい前、役人が村の家々をまわってちゃんと位牌を置いてあるか検査をしたとき、位牌を置いていない家では、検査の済んだ家の位牌を裏からリレーして二、三軒の家の検査を済ませて役人の目をごまかしたとも言い伝えられています。

 

祀った位牌を拝む祖先崇拝の祭祀が確立している現代では、この話は信じられないかもしれませんが、この個所は、動画の話の最大のトピックでしょう。

 

これは沖縄バプテスト連盟の初代理事長だった故照屋寛範牧師の著書に依ります。

 

「位牌あらためのこと しかし、位牌が地方の庶民(しよみん)に祭られるようになったのは、これよりすっと後のことで旧藩時代末期のようである。
今から約百、五六十年前に位牌検めなるものが、時の田地奉行(でんちぶぎょう)玉代勢(玉代勢:たまよせ 筆者読み方挿入)*里之主(里之主:さとぬし 筆者読み方挿入)によって行われた。
「位牌あらため」とは位牌を祭ってあるかどうかを検査(けんさ)することであったが、この時、まだつくっていない家では、垣根(カチヌミー)ごしに「チンブキ、チンブキ」手渡しをして、一つの位牌で二三軒の検査をすませたとのことである。
この話は佐久原牧師にうかがったのであるが、同夫人が、右田地奉行玉代勢里之主の孫女に当られる方であるから間違いのない話であろう。
なんぼお上からの検査の為とはいえ、また、これが一時的とはいえ、他人の位牌をかりて来てかざるということは、今日の人々の位牌観念(いはいかんねん)からすればとうてい出来そうにないことである。
これから考えても、位牌及びこれを中心とする沖縄人の祖先崇拝は、その当初にあってはお上からしいられたものであったことがわかる。」

 

照屋寛範 『沖縄の宗教・土俗』1957年 7


ナレーション:このように位牌の歴史はそう古くなく、庶民、特に農村に位牌が広まったのはかなり後で、明治の初めから大正ぐらいにやっと定着したようです。

 

「奄美大島瀬戸内町久根町でも、明治の頃までは百姓の家は**三丈二間ぐらいのもので、とても仏壇などおく場所はなかった。札(ふだ)(位牌)は小さい箱にいれて納っておき、盆などにはその棚から札をとり出して祀ったという(久家実知氏談)。
その位牌も本願寺の伝道者が古仁屋に本拠を構えて布教しだした頃から始まったもので、それは、大正の初期頃らしい。
それまで慣行としてあった葬儀のときに**トベラの枝で叩いていく風習や、弔いの夜に行ったヤーダレ(家祓い)は野蛮だという理由で、布教師から中止させられたそうである。
つまり常民社会においては、精神的な意味でも、物理的な意味でも、屋内に聖断を常設して祀るということは、その家屋構造からみても困難であった。
王府から厳しい通達をうけながら、大正時代になってもまだ位牌を祀らなかった久高島をはじめ、昭和になってもその必要を認めなかった琉球各地の風習は、現代の祖先崇拝の感情だけではとても理解できないものである。」

 

酒井卯作 同 535-536

 

また、琉球大学の民俗研究クラブによる読谷村座喜味集落調査報告書にはこのように書かれています。

 

「又、仏壇に位牌のない家が多い。戦争で失くしたが、まだ新しいのを作っていないのだと言っている。」

 

琉球大学民俗研究クラブ 1966年 『沖縄民俗第12号 狩俣・熱田部落調査発表』78

 

*里之主:琉球王国時代の士族の位階。

**三丈二間:一丈(じょう)は約3メートル、一間(けん)は約1.8メートル。
三丈二間は約12.6メートルになる。

***トベラ:海岸の岩地に崖地に自生し、四月から六月にかけて、白または淡い黄色の小さな花を咲かせます。
実は秋頃熟し、割れて、種は赤いネバネバした液に包まれています。
植物全体に悪臭があり、トビラに刺して魔除けにしたことから、その名がつけられたようです。

 

 

(続く)

コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

伝道用小冊子1

伝道用小冊子1

「本当の祖先崇拝はまことの

元祖、造り主崇拝」

沖縄の祖先崇拝の由来やエピソー

などをカラーイラストつきで

分かりやすく案内。

お求めは

(宗)沖縄バプテスト連盟

沖縄キリスト教書店

Tel/Fax 098-943-7221

e-mail okinawacbs@yahoo.co.jp

伝道用小冊子2

伝道用小冊子2

「うちなぁの伝説、行事に

見る造り主のお姿」

聖書の話とよく似た沖縄の

昔話を引用して福音を伝え

える。カラーイラストつき

で易しく読みやすい。

お求めは

(宗)沖縄バプテスト連盟

沖縄キリスト教書店

Tel/Fax 098-943-7221

e-mail okinawacbs@yahoo.co.jp

伝道用小冊子3

伝道用小冊子3

「造り主の深いご慈悲」

お盆の由来にまつわる話から

救い主の贖いの話へ導く。

お求めは

(宗)沖縄バプテスト連盟

沖縄キリスト教書店

Tel/Fax 098-943-7221

e-mail okinawacbs@yahoo.co.jp

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM